そうか、幸せになることは目的ではなくて生きるための手段なのか

そうか、幸せになることは目的ではなくて生きるための手段なのか

こんばんは、相変わらずタイトルで言いたいことはほぼ言ってしまいました。

生きる目的は何か、って悩んでる人は多いですよね。僕も昔病んでた時はよく考えてました。

こういう答えのない疑問ってのは、病んでるときほど考えやすいんですね。逆に今現在楽しかったり、心が健康な人はあんまりこういうこと考えないものです。

だから、こういうことを考えてしまうときは、答えを出そうとするよりも、心のケアをした方がいいんだと思います。とはいえ悩んでしまうから病なのですが。

生きる目的に関する僕の結論は、そんなものはないということなのですが、じゃあ死んでいいかというと、そうもいかないですし、とりあえず生きるというか、生き延びること自体が目的ってことでいいんじゃないかなとしています。

でも、そうすると生きないといけないっていうのが重荷になっちゃう人もいるので、そういう場合は目的とか考えない方がいいでしょう、それこそ生きるために。逆説的かもしれませんが。

で、幸せになることが人生の目的ということもよく言われていますね。スピリチュアル系とかだと多いのかな?

でも、こうやって考えると、幸せになること(あるいは幸せでいること)っていうのは、生きるための目的というより手段なんじゃないかなと思うわけです。というか、さっきふと気づいたぐらいの感じですけれども。

やっぱり不幸だと生きるのつらくなっちゃうじゃないですか。幸福だと生きるの楽しくなるじゃないですか。ということは、幸せだった方が生き延びやすいよね、っていう。

でも、目的じゃなくて手段だとするならば、幸せじゃなきゃいけないわけではないんですよ。

もちろん幸せな方がいいんだけど、幸せであることが義務でも前提でもない。だから、そういうレベルでは苦しまなくていいんじゃないかなと。

まとまってないかな?うーん、わかんないや。