他人の生き方を参考にするということ

他人の生き方を参考にするということ

こんばんは、こじーです。

 

ちょっと人の記事を見て思ったことなんですけど、

生き方に関して他人の意見を参考にするというのは難しいなとおもったのです。

その記事というのはこれなんですが。

 

プロブロガーあんちゃの「アソビくるう人生をきみに〜」を読んだ感想

 

ちなみにあらかじめ言っておきたいのですが、

僕は誰の味方でもないし、逆に誰かや何かを批判したいわけでもないです。

ただ上記の記事のある文章が心の琴線に触れたのか、ちょっと考えることがあったので、その自分の思ったことをダンプしておきたいなと。

その文章とは以下の部分なんですが。

 

もっと言えば「社会人2年で卒業して、好きなことで食えちゃうとこういう思考になるんだなぁ」と。
自分の経験でモノを言うのは正しいし、勝手にすればいいとは思うけど、今それしか武器がないような感じがした。
しかもその武器の底が浅いから、相手の未来を見据えてアドバイスするまでには至ってない。

 

たしかに若い人が会社を辞めて、好きなことをしてもやっていけるよ、と言っていても、そんなのまだ1年2年ぐらいの話で、これから先も大丈夫かなんてわからないわけです。

だから、無責任だって意見も理解できるよね。

 

一方で、じゃあ、80を過ぎた老人が、自分はこうやって生きてきて幸せだったから、こうすれば大丈夫って言っても、

もう時代は変わってしまっているし、同じやり方でうまくいくかどうかなんて、やっぱりこっちもわからないわけです。

 

だからもう、どうやって生きればいいのかなんて、結局誰にもわからなくて、やっぱり自分で決めるしかないと思うんですよね。

 

勉強頑張っていい大学入って、いい会社に入って、仕事を頑張ってそれなりに出世して、結婚して子供育てて、それなりに幸せに暮らすっていう、レールの上に乗っている人生もあり。

というか、これから会社もどうなるかわからないと言われつつも、いまだに幸せに生きられる確率は高い道なんじゃないでしょうか。もちろん本人の能力と努力には依存しますし、受験に失敗したり、入ったはいいけれど過重労働でメンタルに変調をきたしたり、自分の能力が追い付かなかったり、いろいろあるとは思いますし、あくまで確率というか傾向というか。

 

一方で、そんなレールから外れてやりたいことをして生きていくというのももちろんありで、先ほどの選択肢よりは安定性には欠けるかもしれませんが、それも一つの生き方だし、大きな成功を目指すならそっちの方が確率は高いのかもしれません。いずれにせよ、自分でそう決めたならそれでいいのでしょう。

 

結局、どう生きれば幸せになれるかなんて、未来のことはわからないし、答えなんかない。

自分の人生の責任は自分でしか取れないわけだから、自分で考えて、自分で決めるしかないんじゃないかな。

人生の責任っていうと自己責任論的なあれに聞こえてしまうかもしれないけど、自分の人生を他人に生きてもらうことはできないってことです。人生は他人に代わってもらうことはできない。

 

だから、人は他人に依存したり、逆に他人を異常に批判してしまったり、いろいろしがちではあるけれど。そんなことより自分で考えることを大事にすべきで。他人はあくまで参考の一つにするぐらいのほうがいいんじゃないかというのが、先ほどの記事を読んで僕が考えたことの結論です。

 

なんというか、自己啓発書とかセミナーとかすべてを否定する結論のような気もしますが、そうはいっても僕も「7つの習慣」には学ぶところも多かったし、考え方の基本になっているところもあるので、完全に否定することはできませんよね。

もしかすると、何か一つに傾倒するのではなくて、矛盾する意見なども含めてすべてから学ぶという姿勢が大事なのかもしれませんね。いや、わからないですけど。

 

まあ、そんな感じです。

というわけで、僕はどうやって寝て暮らすか頑張って自分で考えることにしますかね。

ではでは。

 

わすれてた、追記。

最後に僕の好きなアーティストの歌詞の一部を載せておきます(自己満足)。

MVも貼りたかったけど YouTube には見つからなかった、残念。

 

ねぇ できるよ
って誰か言ってくれないかな
って誰も言ってくれないよな
そう 自分でしか言えないよな

愛だろうが恋だろうが / 見田村千晴